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JR新子安駅の山側、浅野高校の手前に現在では数少ない数奇屋造りの店構えがある。駅から2分。 横浜大空襲で焼き尽くされた跡地に、先代が宮大工の棟梁・川田庄助と2人で原木集めからスタート。4年をかけ昭和25年に再建され、その後やや改良を加えた店舖である。 先代・滋治氏から現在の店主・正明氏に継承された銘菓店で、特に茶席菓子には心をくばり、季節感あふれた品々が揃えられている。 初代・滋治は、埼玉県入間川の在、篤農家犬竹千次郎の4男として生れ、姉の嫁ぎ先、東京赤坂の鳳月堂に10年間修業。震災後、来浜。関内の老舖・住田楼で5年間さらに修業を続け、昭和6年秋、現在地に開業した。 屋号の『千草庵』は著名な禅僧の詠んだ歌「引き寄せて結べば草の庵にて解くれば元の野原なりけり」の一句よりと開業にあたって、200円の資金を提供してくれた父・千次郎の一字を頂戴したとのことだ。
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初代は趣味に富み、仕事の合間を縫って茶の湯・謡曲・仕舞・鼓をはじめ、横浜のれん会の看板の書体を描かれた飯田九一先生の主宰する俳画の会『香蘭会』に入会させて頂いておりました。茶道は戦後の茶の湯の隆盛にしたがい、茶席菓子の千草庵となる礎ともなりました。
又、滋治は禅にも傾倒しておりまして、昭和30年代禅宗の本山に参禅した際、総持寺の貫主、健長寺の管長よりそれぞれ「千草庵」の扁額の揮亳を賜っております。
県指定銘菓の『千草の練ようかん』をはじめ、名称登録の銘菓に『かぐのこのみ』と『草の庵』をはじめ、常時2、30種の菓子を揃え、開業以来の同じ場所で一店主義を貫いております。
草の庵も解く事もなく今年で70年目を迎えようとしております。吟味した素材と研讃された高度の技術をもってお客様の満足を願うことをモットーとして、菓子造りに専念しております。
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