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「お可免」と白タイル張り鉄筋ビルに書かれた店は反町商店街通りにある。東急(東横線)反町駅を降りると、目前にある歩道橋を渡り右へ2分も歩くと着く。角店になっており、入り口は2つある。気取らないが清潔な店内だ。無用な飾りものは避けて、白い花の油絵のほかは、般若心経の写経の紅い筆が額に入っている。魚河岸各店の連名板が掲り、テーブル3卓、カウンター7席。 昭和26年感謝状に続き、平成元年、優良施設として厚生大臣賞。文言の一筋にいわく「千数百年の昔から日本民族と風上に適した食物としての寿司」 この店の創立は今から70年前。当時、大門の入り口にあり、「20銭で寿司0K」だった。
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もともと反町では横浜博覧会が催されたこともあり、賑わった。この辺りにも複数の映画館、プール、旅館もあった。公園では今でも各種団体主催の催しもあり、その横の古書会館では定期的に県古籍業組合による古本市が、好事家を集めている。 さて寿司店の話。
戦中、戦後、肝心の米(シャリ)の統制厳しく、これには手も足も出なかった。中に入れるものに泣いた。干瓢も入手もかなわず、切り干し大根を芯にして、のり巻き。
ギンポなども使った昭和26年頃になると、子安からシャコ、イカ、アナゴ、赤貝。大森からはハマグリなど。また、おはち、ホーキ重いお膳など担いでの行商も多く来た。30年代は神武景気だの岩戸景気とかで良き時代、40年はオイルショック、60年土地の値上がりやがてバブル崩壊。好・不況の繰り返しだ。そして世界中の食べ物が味わい得る昨今、お店の味をたいせつに、お客様に愛していただける食の散歩道としてのれんを大切にしていきたい。
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