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創業明治5年4月。オリジナルは翁飴。県指定銘菓で創設以来つくり続けてきた。1週間かけてつくる上質の和風ゼリーだ。 初代長吉は飴屋に徹した。2代目は襲名して2代目・重田長吉となる。アイデアマンで水飴の卸業を始める。3代目・重田長三郎は和菓子の製造と直接小売り販売という今の形態につくり上げた。本物志向に徹し、のち洋風にもアレンジした商品を開発する。
海軍(主計少尉、舞鶴海軍経理部)から復員。海軍魂を活し、人生に充分応用した。 元の店(中区長者町一帯)は米軍に接収されていたので南区大岡に工場を建てたのを手始めに、昭和24年、水飴統制解除されるや直ちにさらし飴、翁飴などの製造販売に取りかかり軌道にのせる。そして株式会社重田商店を設立(2代目・長吉は同25年他界)。
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つぎに米軍に接収されていた、貸地の権利を買い戻し、大いに運用、社運を繁栄に導いた。3代目の人生観は何からでも人生上のことを学び取ることで一面「帝国海軍は私にとって、ある意味で恩人です」といっていた。
人生の土壇場において、見事、「即決」が出来たのも、肌にしみつき、経験から割り出した合理精神によったのであろう。 その長三郎も今はいない。現在の代表取締役は長男、重田英樹だ。
翁飴は関東地方、また太平洋側では当店のみ。続いて、太郎まんじゅうは平成9年テレビチャンピオンに次男専務・親人が出演、紹介された。
横浜パイ包は栗入り白あん、かぼちゃあん、十勝小豆の粒あんとある。また馬車道最中は石畳みのガス灯の下を美人をのせた馬車が行くのをイメージした、丹波大納言のあんと特注の皮を用いている。
本店(南区大岡2−23−12)のほか支店としてはジョイナス店(相鉄ジョイナス地下1階)、長者町店(中区長者町9−166)がある。
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